会社員は仕事が最優先
生きていくための「仕事」です。そして、その仕事が誰でもできるようなものなのであれば、アナタが担当しても、新卒の新人が担当しても「結果」が変わらないようなものなのであれば、会社にとってあなたは「ムダなコスト」です。
社会は甘いものではありません。「仕事が欲しい、仕事をしたい」と考えている人はたくさんいるのです。かつてその仕事を得るために散々苦労したのではないでしょうか。それは新卒の頃の就職活動なのか、それとも転職活動だったのか、それは時期によっても人によっても違うでしょう。ですが、「なんとなく決めた」という仕事であっても働きはじめるまでにはそれなりの「緊張」があったのではないでしょうか。それなりの緊張と、それなりの覚悟、想いがあってその仕事を始めたのではないでしょうか。
私たちは「だらける」ものなのです。その環境に慣れてしまうといつの間にか「こんなくだらない仕事はしたくない」と考えたり、もっと良い仕事がしたいと考えたりするものです。それは私たちが「慣れる」からであり、緊張感を持っていた頃はそのようなことは思いつきもしなかったのです。「職場の環境が悪い」であるとか、「同僚、上司に恵まれていない」などということはその職場、その環境に慣れたから言えることであって、緊張していれば言えるようなことではありません。環境を自分なりに飲み込み、環境に対して自分が適応できたから言えることなのです。
仕事はしなければいけない、それなのに慣れてしまうとなぜか職場や自分の仕事が一気に色あせてしまう、もっと「刺激的」な仕事がしたい、自分が成長できる仕事がしたいという具合に考えてしまうのは、私たちが「退屈」を嫌うからです。退屈であることは罪であると思っているのです。没頭できる何か、頭を働かせることができる何か、自分にしかできない何かを見つけるために、新しい職場を探したりするのです。
ですが会社にとってみるとそのような移り気のある人材は欲しくもなんともないのです。安定した仕事を、安定してこなすことができる人材、そして常に向上心をもってあらゆることに取り組むことができる人材が求められています。それは会社に忠実であり、「知恵」が欲しい局面には知恵を出し、黙っていてほしいときには黙ってくれるような人を求めているのです。そのような組織で身を立てようとすれば、そのためにはその会社のニーズにあわせた自分になるしかありません。期待されていることをそれ以上にこなすことが必要です。
自分の生活を支えてくれている会社です。仕事です。それがなければいつホームレスになってもおかしくないのです。人は怠惰に陥った瞬間にそのようなことをついつい忘れてしまうのです。会社が転勤しろと言えば、それに従うのが組織人です。境遇に文句を言うことは誰でもできます。境遇に対して「嫌だ」ということは誰でもできます。ですが、それだけでは何も進歩しません。自分を成長させることができません。転勤しなければ成長できないわけではありませんが、転勤することで新たなキャリアをスタートさせることができるのであれば、それを糧にしてまた新たな自分と出会うことができるのではないでしょうか。